競争することの意味

娘の小学校の運動会に行きました。

80m走などの個人走は足の速さで走順を決めますから、同じくらいの速さの人同士で争うことになります。足があまり速くない子でも1位になれる機会があるようにですね。

娘は足が速い方でリレーの選手を毎年やっていますが、今回は一番最後の走順で走ります。つまり学年で一番早い子たちのグループです。

もともと競争心の少ない子なので、1位をとることには関心がない様子でした。順位より、その一番早いグループに入っているという事実がすごいと私は思っていましたので、こだわらずに楽しむことができそうで安心しました。

順位にこだわらないことと、順位をつけないことは、似ている様で大きく違います。

最近では「競争は良くない」といって手をつないで全員でゴールするとか、個人走をしないところもあるそうです。ここの小学校ではガッツリ競争していましたが、私はそれでいいと思っています。

競争は良くないって???じゃあ、いつからなら競争するんだろう。ずっと競争しないのかな。受験もしないのかな。試験も受けないのかな。社会でも、利益を譲るのかな。

この先全く競争しないで生きていけるほど世の中甘くないし、子供のうちに競争を排除することの意味がよくわかりません。人は本能的に競争を好む生き物ですし、むしろ子供のうちに他人を貶めない方法で競争することを学んでいく方が、後々につながる経験になりそうだとバーサは思いますよ。

あと、リレーなどで早い子たちが走っている姿をみていると、共通するものが見えてきます。

それは「走るフォームの美しさ

走るというのは、簡単そうに見えてとても複雑な動きの連続でできています。ロボット開発でも、歩くことより走らせることの方が難しいと聞きます。横にぶれる重心をおさえ、前へ向かう推進力にのせて体を運ばねばなりません。

走り出して、腕が振れているか。特に、後ろ側にもよく振れていることが大事です。推進力が大きく変わります。角度も90度近く曲がっていると、空気をつかみやすいです。

足が大きく動いているか。膝が高く上がっているか。足の回転が速く、一定か。ストロークが大きい人が有利ではありますが、回転数の多さでカバーする小柄な人もいますので、自分のタイプに合った方法を知るのが大切ですね。

あと意外と忘れがちですが、目線は前方を向いているか。あごが上がってしまっていないか。腕の振りで、首が揺れてしまっていないか、も重要です。首から上に動きが出てしまうと、安定した走りができません。頭はブレないように!

だいたいこういったことに気を付けると、体が楽に前へ運ばれるようになるので、力まずにスイスイ速くなります。バーサも昔は陸上部だったので、フォームがキレイな子を見ると「のびるな~」と感じます。

美しいと感じるのは、それが生き物としての機能を遺憾なく発揮しているからに他なりません。体の機能を最大化する動きをしているものは、尊敬や羨望を集める「美」として認知されるのですね。

うちの娘も一生懸命走ってくれました。重心が低めであまり腕を振らない独特のフォーム^^;まるでブルトーザーのよう!なのにわりと速い不思議。おそらく筋力のみで推進力をおこしているのでしょう。ある意味すごい;

すっごく気になる…ちょこちょこ教えているのですが、反抗期女子の娘は「いいの!」といって聞いてくれません。絶対もっと早くなるのに、残念。本人が気にして「直したい」というまでガマンですね。

何事も自分からやろうと思わないことは伸びません。きっかけを与えることを続けつつ、時を待つことしか親にできることはありません。

人と競争するときに、優先すべきなのは相手と比べることではありません。また、相手がいなければ競争にもなりません。競争という環境下ではお互いが砥石となって、自分自身の可能性を研いで伸ばすことにこそ意味があるとバーサは考えます。

研ぎ澄まされた機能は美しい。美しさ=機能性の高さであることに、いつかは気づいてくれるといいな。

スポンサーリンク
スポンサーリンク




スポンサーリンク




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク