好きなことならやればいい

娘の幼稚園では、保護者による奉仕活動が年1回行われています。

希望制で、外での草むしりや園芸整備か、室内での手芸品補修および制作のどちらかを選ぶことができます。私は土いじりも手芸作りも好きなので、人数の少ない方に参加することにしました。

ところが集計をみたら、26人中23人が外希望という結果に!圧倒的な外人気です。手芸班はどちらでも可と答えた3人のみとなりました。6月の屋外は日差しも強く気温も高め、かなりな悪条件と誰もが思うはずなのに…なぜ???

当日裁縫セットを持参して幼稚園玄関に向かった私は、会う人会う人「えー手芸にしたの?!すごいね!手芸得意なんだね!」という言葉をかけてくることに違和感を覚えていました。そしてそこで初めて、希望が大きく偏ることになった意味を理解しました。

手芸品はきれいにできる自信のある得意な人がやるもの、できない人は完成度に関わりない外仕事をするもの、という暗黙の了解があることに気づいたのです。見渡せば、子供たちが普段使っている日用品も、既製品の占める割合がとても多いことに気づかされます。その中では「手作り」自体がステイタスのようにとらえられる風潮さえ感じられます。

でも、これっておかしいと思いませんか?

奉仕なのだから、各自できる範囲でできることをやるのが基本。嫌なことをしないのはもちろんながら、なぜ得意でないとやらないと思い込んでいるんだろう?自信があるからやっているとでもいうのだろうか?

裁縫というのは布を測って切り、針に糸を通してちくちく前後に動かすだけでできます。上の娘だって幼稚園のときにはできていました。上手に仕上げるのは難しくても、使用可能なものを作るという意味ならば決して難易度の高いスキルではありません。

私は手作りという行為自体が好きだし、意味のあるものだと思っています。手から出ている気を込めて作られたものには、作り手の気が残ります。それが使う人にもよい影響を与えてくれるのです。

逆に言えば、いやいや作ったものには負の気が宿ってしまうということ。手芸が苦手で好きでない人は、子供と一緒にお気に入りになる既成品を選んで気をかけてあげたっていいんです。それぞれにとってのいいことに、正解はありません。

それでも幼稚園で子供たちが触れ合うものに保護者の手をかけるというのは、とても理にかなっていて良いことだとバーサは考えます。子供は気に敏感。心がこもっているかどうかはすぐわかってしまうもの。たとえ作品としての完成度がいまいちであろうとも、子供の目線ではたいした問題ではないのです。

バーサは恥ずかしながら、器用な方ではありません。おおざっぱな性格ですし、元々合理主義的な志向が強いですから時間をかけすぎないことの方に重点をおいてしまいます。

これをやる!と決めたら何から始めるかまず段取りを考え、失敗してもいいからさっさと手をつける!やりながら改善点が見つかれば軌道修正すればいいだけのこと。このスタンスで経験のないことでも何でもやってみた結果、バーサはあらゆる手仕事ができるようになってきたのです(仕上がりの完成度はともかくとして^^;)

すぐにできるかできないかを議論したがる人たちは、与えられた課題を前にして右往左往するばかりで進展がおそろしく遅い。どうやってやればいいの?といって様子をうかがい、自分で考えて進めようとしない人。指示を待つ人。いつももどかしく感じます。

それらはどれも「失敗したくない」という意識からくるもののように思えます。大人でさえこんな簡単な失敗すらおそれているのですから、その子供たちも「失敗してはいけない」意識を叩き込まれて成長していくんだろうなあ。なんだかとてももったいなく、不毛な教育だと思ってしまいます。

失敗したって大丈夫です。たとえ取り返しのつかない失敗をしたって、ながーい目で見れば成功のための糧になっていることって、たくさんあります。成功と失敗は表裏一体で、時世に応じて変化するもの。一番の失敗は、「何もしなかった」ことで得るべき経験が全くないという状態ではないでしょうか。

今回の奉仕作業でも、私が一番早く作品を仕上げました。ですが仕上がりの繊細さは、一番ゆっくり作業されていたお母さんのものの方が美しかったです。

奉仕という特性を考えればこの場合、どちらが良いなどという議論は不要です。それぞれにやりやすい方法で作業した結果そうなっただけのこと。それが幼稚園や子供にとって何らかの利益をもたらしてくれさえすればいい。

後日外を選んだ保護者の方々から、室内作業の手芸作りについて聞かれることがたびたびありました。今までの経歴でも、難関と思われていた手仕事や作業について私に質問してきた人は多いですが、そのたびに私は同じように答えたのです。

「好きならば、やってみると楽しいよ」と。

好きこそものの上手なれ。好きでやっているうちに自然と上達していき、長じて抜きんでたスキルに育っていくものです。

自分が好きなもの、楽しくできるものを知っているひとは、人生において常に好きなもの、楽しいものに囲まれて過ごすことができます。一方、自分の趣向すらわからない人は、常に他者の思考に振り回されて生きることになってしまいます。

失敗なんてない。好きなことをすればいい。それだけで実は、自分も周りも幸せになれたりするんですよね。

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