過去の自分を書きかえることはできるか?

生まれてきてから今日この日までの記憶は全て蓄積されている―――そんな話を聞いたことがありますか。

昨日は実姉の誕生日でした。年に1,2回しか会うことがなくなり、いまや遠くに暮らしている姉。それなのに、「あ、おねえちゃんの誕生日だな」といまだにうちでお祝いしてしまいそうになります。実家の父母の誕生日も、祖父母の誕生日も同様です。

さらに、小学校時代仲が良かった友達の誕生日もよく覚えています。当時は家電しか連絡手段がなかったため、電話番号もそらで言えたりします。

それに比べると、もっと頻繁に電話していた大学時代の友人などは一人も電話番号を覚えていません。携帯が普及してからというもの、電話番号をわざわざ覚えるという脳の機能は使おうと思わなくなっていたのかも。

また、人と話しているときよくある、どうしても名前がでてこない「アレ」(笑)。思い出そうと一所懸命に頭を使ってもわからず、忘れてしまったものと諦めた頃、全然関係ない瞬間にふいっと頭に浮かんでくること、ありますよね。

こういう記憶も、ずっと「覚えている」というよりは、何かのきっかけで「思い出す」さらにいうと「突然よみがえる」といった感覚の方が近い感じがしませんか。

脳科学の世界では、こういった過去の記憶は全て脳に蓄積されていて、その中でも思い出せる記憶だけをつなげた過去を認知している、と考えるそうです。「記憶力とは覚える力ではなく、思い出す能力である」と。

「過去は変えられない」とよく言うけれど、正確には変えられないのは過去の「事象、事実」だけであって、本人とっての過去イメージは実は簡単に書きかえできるということですね。だから誰かが語る過去にはあまり価値がないという結論になってしまいます。

私は過去にとらわれやすい傾向があります。これはもう物心ついた頃からずっとそうなので、こういった事実を知っていても中々過去を手放すことができません。良くも悪くも、過去の記憶力が強いのです。

それ自体は学生時代の勉強には有利だったし悪いことではないのですが、私の場合は自尊感情の低さからか自分にとって都合の悪い、いわゆる失敗の記憶が強く残りがちなのが難点です。

夢を見ているとき、「ああ、こうなったらいやだなあ」などと考えてしまうと、次々に自分にとって最悪のシナリオが進行していって恐ろしい悪夢になってしまいます。

人は死ぬ直前、脳がフル稼働して半分コントロールできない記憶の嵐、つまり夢のようなものをみるといいます。このままでは、私がこの世で最後に体験する感情はひどいものになってしまいそうでこわいな…と考え始めました。

じゃあどうしたらいいか?

今私が実行しているのは、「嫌な感情をともなう過去の記憶に別の意味をもたせる」方法。かんたんに言えば、記憶そのものでなく過去の感情のかきかえです。

例えばある人とケンカして悪口を言われた過去の場合。言われたひどい言葉を心に刻みつけてしまっていたとしても、その言葉に気を向けないようにする。そして、そんな言葉を言ってしまった相手にも事情があったはず、きっと相手も辛かったのだろうというストーリーをつけてみる。

これだけで「悪口通りのダメな自分」から「悪口をいう相手を思いやる自分」にかえることができた!はず(笑)そううまくいくわけではないと思いますが、日々考え方を意識することで自尊感情を少しずつ高めていけるのではないでしょうか。

ちなみに夢の中に現実の自分の認識が反映されるまでは数年かかるそうです。確かに私の夢には24時間365日一緒にいるはずの下の娘(3歳)が全くでてきません。上の子が幼い頃もやはりでてきませんでした。今は8歳のはずの上の娘が3歳位の姿で登場しますので、私の夢へ反映されるまでの時間は5年近くかかるようです。

この方法が本当に有効だったかどうかまだ数年先までわかりませんが、悪夢もまた楽しみながら(笑)気長に待ってみようと思っています。

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