大切なことは子供たちが教えてくれる

春の陽気のせいか、子供たちの腰が重いようです。

やるべきことがあるとわかっていても、だらだらと過ごしていたり、関係のない遊びを何となくやってしまっている様子。

当然注意するわけですが、返事も気が入らずしかも全然とりかかる気配もなく。

今日はそれがあんまり目について、つい声を荒げて厳しく言ってしまいました。

そういう時、上の子は反抗的な物言いをしつつ最後には泣いてしまうタイプですが、下の子はそもそも注意されていること自体気にしないで態度も変わらないタイプです。2人兄弟の家庭ではよくあるパターンみたいで、周りのお母さんと話していると必ず「うちも~!」という人に出会います。

心理学の世界でも、兄弟間の関係性が性格を決めるという話はよくでてきますね。アドラーなども生まれた順序と性格には関連性があると言っていますし。

今月に上の子が、授業で自分の幼かった頃をまとめて発表する機会があるというのでインタビューを受けました。赤ちゃんの頃、1~2才になって自我が出始めたころ、幼稚園時代のヒストリーです。

思い返してみると、上の子はものごころついた頃から今と同じ性格や傾向を持っていたなあとわかります。慎重で、大人のすることに興味があって、早く大人と同じことがしたいと思っているところ。承認要求が強く、褒められるのが大好きなところ。変わりません。

上の子が一人っ子状態だったころは、母親である自分の言動の一つ一つがこの子の性格や行動基準の全てを担っているんだと思っているふしがありました。

慎重で人見知りなのも、もっと母親である自分が見本になるべきなのかなとか、社交場にも連れ出して多くのお友達と触れ合わせて…とか。元々持って生まれた性格があるという考え方を認めていなかったのかも。

その分うまくいかないことに不満や不安を感じてしまって、それを敏感に察知した娘がますます臆病になってしまったのかもしれないと、どこかで自分を責める気持ちがありました。

ところが、下の子が生まれてその固定観念はふっとんだ!

同じ冬の早生まれ、同性。なのに性格も容姿も全然違うのですから!

上の子と同じように育児していければ大丈夫かなと思っていたのに、毎日毎日違うことだらけで驚きの連続です。自我が出始めてからはそれがますます顕著になり、驚きを通り越しておもしろくてなりません。

どちらが優れているとかじゃない、個性。その人を形作る魂の形。それはたとえ母親であろうとゆがめたり変えたりすることはできやしない。同じく私の魂の形だって、だれにも変えることなんてできやしないんだ。それを娘たちは教えてくれた。

ありがとう。家族からはいつも大切なことを教えられている。この年になっても学ぶことはつきないし、気付き成長する余地が山ほどあるってこと、いつも忘れてないよ。

とはいえ私も調子が悪い時は、ゆがんだ気持ちをうまく処理できなくて、いまだにこのありさま。反省はつきないけれど、子供たちもそんなお母さんを生あったかいまなざしで許し、やり過ごすことができるようになったのも成長だね。

完璧な人間なんて存在しないし、みんなどこかしらゆがみを抱えて生きているけれど、お互いのゆがみがぶつかり合い、溶け合うようにして新しい形にみががれていくんだ。

そう思えるだけでも、一人で全てを背負っているつもりになってたあの頃の自分よりは、自由で気楽に生きられていると今は思うのです。

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