気をかけることの大切さ  人形は大切に!

2月も半ばを過ぎて、ようやくお雛様を飾ることができました。

毎年2月の豆まき後に飾るようにしてきたけれど、今年は親戚の結婚式の準備で忙しく、それからも上の娘の誕生日もあって、今まで延ばし延ばしにしていました。

お雛様は華やかで彩りが美しいので、いてくれるだけで部屋がぱっと明るくなるような感じがしますね。

お雛様といえば、以前長野で暮らしていたころ須坂市のひな人形展を見に行ったことを思い出して家族で話し合っていたのですが、その時に見た中で忘れがたいひな人形があったのです。

寄贈されたひな人形を集めて展示しているその施設は、ひな祭りシーズンになるといつも大混雑で、たくさんの親子連れが訪れる人気スポットです。

広告にも載っている、100を超えるたくさんのひな人形がずらりと並べられていた大ひな壇。ぼんぼり飾りがハート型に並んでいてとてもかわいらしく、3歳の長女とも写真を撮りました。

そのひな壇の奥にはひっそりとした小部屋がありました。順路からは外れたところにあり、しかも入り口には撮影禁止の立札が。あることに気づかないのか、ほぼ人も入っていかない。

なーんかイヤな雰囲気だなと思いつつ、子供がさっさと入っていったので渋々ついていくと…

よくあるお雛様とは風情が異なった、古めかしい人形たちが飾ってある…というか、置かれている感じでした。着物も艶やかな色ではなく、くすんだ色や質素なものです。まるで江戸時代頃の作品のような。

髪が乱れていたり人数が足りていなかったりするのは保存状態がよくないせいだろうとわかるのですが、気になったのは人形がちゃんと並んでいないこと。

なぜか倒れている人形が多い。立っていてもあさっての方向を向けられている、というか向いている人形が多く、異様な空間でした。

元々ここのお雛様たちは寄贈品というけれど、これは持ち主が手放した、と解釈した方が妥当かもしれない。いかにも訳有りなひな人形たちを見てすっかり逃げ腰になった私と夫をしり目に、娘は「あんまりきれいじゃないね~」などと言い、しれっと通過していきました。

子供の方が異様な気に敏感なのかと思っていた私はちょっと意外に思ったことを覚えていたのですが、本人はひな人形展のことは覚えているのにその小部屋のことは全く覚えていないとのこと。今行ったらどう感じるのかな?興味深いです。

人形は、人を模して、人の代わりに厄をうけてくれるもの。長い年月役目を負い続けた人形たちに魂が宿ると考えられてきたのも頷けます。

今うちの娘たちはリカちゃん人形遊びに夢中なお年頃ですが、あまり人形を大切に扱っている様には見えません。

1体で十分と思っていたのにあちこちからプレゼントとしてもらってしまい、リカちゃんだけでなく友人のさくらちゃんやひまりちゃんなどの人形も増え、今では全然見向きもしないものもあるくらいです。

ぼさぼさの頭になって放っておかれる人形をみかけると、ふいにあの日のお雛様を思い出すのです。

自分で自分を整えることができない人形たちには、人の手が必要です。整えてくれる人がいなくなった人形は、良い気を集めることはできなくなるのだろうな。

大事にするってことは、そのものがそのものらしく活き活きできる環境を整えるっていうことじゃないかな。

そっと拾い上げて「いつも遊んでくれてありがとうね」と声をかけて髪をとかしてあげます。心なしか、顔が少し明るくなるような感じがするんです。

早く子供たちが自分で人形を大事にできるようになるといいな。モノでも人でも、相手の気持ちを大切に考えて、力を貸してあげられる人になったらいいな。

その日まではまだしばらく、私が代わりにお人形たちが心地よくいられる環境を整えてあげたいなと思っています。

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