いくつになっても、読み聞かせは心を育ててくれる

ひと月ほど前から、娘へハリーポッターの読み聞かせを始めました。

ハリー・ポッターと賢者の石 (1)

ハリーポッターシリーズは、言わずと知れた世界的ファンタジー小説。11歳から通い始めた魔術学校を卒業するまでの7年間にハリー少年が体験したスリリングな冒険を、1学年ごとに巻を分けて描いた世紀の傑作です。

「子供たちにこそ読んでほしい」という訳者たっての希望から、漢字にはほぼルビがふられています。ゆっくり確認しながら読めば、小学校低学年でも読むことができるようになっています。

バーサはこの本を、早く娘に読んでみてほしかった。

わが娘は魔法使いが大好きで、「魔法が使えたらいいのにな~」と本気で考えている夢見がちな少女です。

ママだって治療系の魔法なら少し使えるよ!といっても、彼女がしたいことは「空を飛ぶこと」だそうで…それはバーサでも無理^^;

かわりにファンタジーの世界で自由に飛び回らせてあげよう。私の知る限り、情景描写が丁寧かつ繊細で、感情移入しやすい魔法物語と言ったら…やはりハリーポッターからでしょう。

以前読んだ宮部みゆきさんの本に(たしか「名もなき毒」だったと思う)、就寝前に主人公が小1になった娘にハリーポッターを読み聞かせするシーンがありました。

物語とはいえ、小学1年でハリーが理解できるのかあ!と、読んだ当時とても印象に残りました。そして、自分も子供がいたらやってあげたいな~と思ったものです。

娘が小学校1年生になった時に、うちでもいよいよやるかな!とウキウキして実家にあるシリーズの蔵書を見せたら、娘は「ええ~…文字ばっかり。しかも厚い!」といってドン引き。

それでも面白さを分かってもらえれば必ずハマるはず!と、事あるごとにあらすじや重要シーンの話を聞かせてきました。おかげで興味だけはむくむくと膨らんできた様子。

月日は流れ、娘も小学3年生になり少しずつ長いお話を読めるようになってきたので、再度すすめてみたところ「読みたいけど、難しいよ~」というところまでこぎ着けました。

そこで一つ提案をすることにしました。

「じゃあ、1日1章、ママが読み聞かせしてあげる」

「え!ホント?!」これには娘の目もキラっ!というかギラッとしました(笑)

元々絵本の読み聞かせが大好きだったお姉ちゃん。いつしか自分で黙読した方がたくさん読めることに気づいてすっかり一人読書家に育ってくれましたが、妹が絵本を読んでもらっているとスススと寄ってきて一緒に聞いてしまうほど、やっぱり読み聞かせも大好きなままなんです。

それをママからの提案で、しかも妹でなく自分だけにやってくれる!ということに大興奮。まだまだ子供なところがあって可愛いなあ。

さて、そんないきさつで始まった音読日課ですが、慣れるまではけっこう大変でした。

一番意外だったのは、黙読と違って声に出すことで「自分がその文章をどの程度正確にとらえているか」がまるわかりになってしまうことです。

たとえば、私たちは普段けっこうなボリュームの文章に目を通していると思いますが、目でとらえて頭に入れる文章量は、1ページのうち数行程度。

1行の中でも、文末まで目で追うことはなく「だいたいこういう締め方、終わり方になる」という予測をもって読んだつもりになっているんだということがわかりました。

なので声に出して読むと、娘に「違うよ、○○って書いてある」とか「今いいまちがえた~」と指摘されまくり。ゆっくり読んでいても目が追い付かなかったりします。

音読は脳トレにいいって昔言われていたけれど、本当にけっこう頭が疲れる感じがしますね。自分がこんなにいい加減に文章を斜め読みしていたとは、軽くショック。

音読していていいこともあります。

緊迫のシーンや軽いジョークを読んでいると、娘が「おお~」とか「ウフフ」とその場でリアクションするのが聞けること。同じ物語の世界観を共有している感覚が味わえて楽しいです。

映画でも同じように共有感覚を得ることができますが、音読との違いは、「音読者がその世界観をコントロールしている」というところでしょう。

声のトーンや間の取り方、自分の感じたことを間に話し合ってから読み進めたりと、自由度が大きいのです。2人で共同作業のように物語の世界を探検していく感じです。元々好きでストーリーを把握している物語だから、導くのも苦になりません。

毎晩寝る前に30分ほど時間を取って、ともに出かけるファンタジーの世界はとても楽しく、私自身も楽しみになっていました。

ですが先日、それが途切れたのです。なぜなら、私の声が出なくなったから。

原因はおそらく風邪なのでしょうが、声が出ない以外何の症状もありません。2,3日は全く声が出せず、1週間ほど発声が困難な状態が続きました。

幸いにも声が出なくなる直前に、1巻「ハリーポッターと賢者の石」を読み終えたばかり。中途半端な途切れ方にならずに済んだことは良かった。

ですが2巻を楽しみにしていた娘は、毎日「声、どう?」と様子を心配してくれていました。

そんなある日、気付いたら娘は自分から2巻を持ち、黙読で読み始めていたのです。

もう世界観はわかっている。登場人物の人となりも知っている。これから彼らにどんなことが起こるのか知りたい。純粋な興味に突き動かされ、今度は自分から長く難解な文章に向かっていったのです。

人間、未知のものに対しては少なからず抵抗感や壁を感じるものです。娘の長編小説への壁は、母親との音読を通して取り払われた。それを目の当たりにしてちょっと感動してしまいました。

自分でできることを自分でやること。自立。それを目指して日々育児をしているつもりですが、中々手出ししないで見守ることは大変なことです。

本だって勉強だって、片付けやしたくだって、指示されなくとも自分からやろうと思えるようにならなくては意味がない。

音読を通じて長文読書の自立を果たした娘。うれしい反面、一緒に体験できなくなってちょっとさみしいな~などと思っていたら、

「ママ、のど治ったよね。今日は読んで~」

といって、不定期に音読をせがんでいます^^

自分で黙読もしているからストーリーが進行していて、私が読むときは何のシーンなのか一瞬わからなくなったりします。それでも読み進めるうちに面白くなってきて、ストーリーも思い出してくる。さすが名作、どこから読んでもおもしろい!

今日、ついに2巻「ハリーポッターと秘密の部屋」も読了しました。3巻「ハリーポッターとアズカバンの囚人」が始まります。バーサがすごく好きだった巻。

この時点ではハリーはまだ3年生になるところ。これからたくさんの困難が待ち受けているのをバーサは知っています。

娘も現在3年生。ハリーたちは11歳で1年生ですから年齢は違えど、彼女にもこれからの人生にたくさんの困難が待ち受けているだろうことをバーサは知っています。

色々な人の心が文章化されていて、自分以外の他者の視点になれるのが物語の醍醐味です。

たくさんの人の気持ち、立場、状況を想像できる人になるように、心を育てていってほしい。物語がその一助になってくれることを祈って、今夜もバーサは読み聞かせをしています。

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