力の強い土地と長寿の関係

この世界には「力のある土地」というものが存在します。

私は霊感のたぐいを全く持たない人間ですが、「気」にはわりと敏感な方みたいです。気の量が多い人やモノに近づくと、モヤっとした圧力のような振動のようなものを感じるんです。

先日、長野へ旅行に行きました。

長野には以前4年ほど住んでいたこともあり、古い友人たちがたくさんいます。会って話を聞いたりするのも旅の楽しみです。

定宿になっているのは、年輩の友人のお宅。築100年超えの古民家で、市街地から少し離れた里山の中腹あたりにあります。じんわりと染みわたるあたたかい気に満ちていて、いつ行っても癒されます。

初めてそこを訪れたとき、「祖母のうちに似ているな」と思いました。

祖母のうちは都会から遠く離れた山間部の高地にあり、山の恵みと自然あふれる、いわゆるど田舎。何もないといって若者には敬遠され、どんどん人が都会へ出ていってしまう過疎の村。なのに、私は幼い頃からそこが大好きでした。いるだけでなぜか疲れがとれるし、妙に落ち着くんです。

「気」の概念を知ってから、その理由が何となくわかるようになったんです。そこは土地に力がある場、気が満ちていて流れが良いところなのだと。

古来日本人は力のある土地をよく知っていたようで、神社や重要施設跡地などは、必ずと言ってよいほど気が強い場が選ばれていますね。現代人に比べて気に敏感だったのか、特定の知識人がそういった情報を重要視していたのかはわかりませんが。

今まで私が訪れたことがある土地の中でも、長野には「おっ、ここは力が強いな」と感じる場所が驚くほど多い印象です。とにかくどこに行ってもじわじわ感じます。もともと山は気が強い場所ですから、長野に山が多いのも影響しているでしょうね。

祖母の村は、長寿で元気な老人が多いです。長野県も健康長寿日本一ですし、力の強い土地には、それ自体に人を元気にする力もあるのかもしれません。

古民家の友人はそこで一人暮らししていますが、畑で野菜を育て、自然により沿った暮らしをしており、季節の手仕事を大事にしていらっしゃいます。時間に追われる毎日の中で、つい忘れてしまいそうになる自然とのかかわり方を、いつも思い出させてくれるような。「私もやらなくちゃ!」という刺激をもらっています。

食事も自家栽培の野菜中心。とってきてすぐ食卓に並びます。これがまたおいしい!

とにかく「生きている」味がするんです。味というより、生命力そのものをいただいている感じです。食べると体にエネルギーが入ってくる。

とってすぐの野菜はどこのものでもおいしいです。ところが、これも力のある土地でとれたものは更においしく、生命力にあふれているんですよ!

ちなみに私はそちらのお庭(というか山)で、ふきのとうをとらせてもらい、自宅に持ち帰ってきました。リュウキンカという花も、一株いただいてきました。

日光で蒸しあつくなった車内に半日もおいてしまったので、さぞしなびてしまっただろうなと思ってみてみたら…

なぜかピンピンしているんです^^;

ふきのとうもパリっパリ!夫のリクエストでふきみそにしておいしくいただきました。リュウキンカも庭に移植したところ、その一角だけ奇妙に気があふれている状態。すごいですね~。

以前も書いたとおり、我が家の庭は分譲用の砂土でできており、よい土ではありません。このままでは、いずれこのリュウキンカくんも力を失ってしまうのかもしれない…

そうなる前に、今年は土づくりに力を入れたいと考えています。腐葉土を作り、コンポストもできたらいいなあ。土壌細菌叢ももっと豊かになって、庭木がいきいきとするような土にしたいな。

いや、もしかしたら…リュウキンカくんがアンテナのように周辺から気を集めてきて、この土地に力を与えてくれるようになる、なんてこともあるのかもしれない?

気は見えないし、わからないことだらけだけれど、だからこそ可能性があっておもしろいとバーサは思うんです。

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