失ってばかりいられない ーはじまる日にー

テレビをつけたらEテレの「趣味どきっ!」という番組がやっていて、奥会津のかごあみ細工の特集をしていました。

藤井フミヤさんが奥会津の三島町を訪れて、色々なかご細工を見てまわる内容です。

奥会津のかごあみは、山ぶどうやまたたびのつるを細長く削ったり、よりを作ったりして、互い違いに編みこんでいくだけのわりと単純な作りです。しかし目のそろった整った形に仕上がっていて、しなやかで丈夫ですし、使いこんでいくことでどんどん深みのある色合いになっていきます。

職人さんが一日一つしか作れないもので、通販などもしていないとのこと。その分値段もお高めで、某ブランドバックと同等程度の価格だそうです^^;修理もしていただけるので、一生モノと考えると決して高くもないのかもしれません。

実際に使われていた品物をみると、褐色やべっこう状に変色して趣のある色合いになっているうえ、まだまだしなやかだし壊れやほつれなども見当たらない、本当に丈夫な作りなんです。20年以上使われたものも珍しくないようです。フミヤさんも興味津々なご様子。

普段我が家ではテレビをあまりつけていません。娘たちがNHKのEテレを見る程度ですが、最近私も夜の作業中に少しつけてみることがあり、面白いトピックがあるとそのまま聞いていたりします。

今回の「趣味どきっ」をなぜとりあげたかといいますと、私の母方の祖母が作っていたかごあみ細工のことを思い出させてくれたからです。

母方の祖母は、手芸がとても得意でした。何でも器用にこなす、手仕事の先生。実際に編み物などの教室を開いていたこともあります。

家には祖母の作品があふれていて、普段使いの毛糸カバーやクッション、折り紙細工に紙粘土細工、浴衣も祖母に縫ってもらったものを着せてもらっていました。

倉庫に祖父が山で採ってきたまたたびのつるが束になって置かれていて、猫のお土産にもらって帰ったときも、「なんでおじいちゃんはまたたびの木をとっておいてるんだろう?」と思ったものです。

同じ倉庫に、祖母が作ったかごがいくつもおいてありました。

番組では、つるを細く薄く同じ厚みに削って使っている作品が映されていましたが、祖母のかごはそれだけでなく、またたびのつるをまるっとそのまま使って編んだ、大きくて豪快な作品もありました。

「これは簡単にできるんだけど、売ったら高いんだよ~」と、冗談とも本気ともとれない笑顔で、よく私に作っているところを見せてくれました。

規則正しく俊敏に動く祖母の手は小学生の私の目では追い切れず、手順も全然覚えられません。できた小さめのかごをもらって、ぬいぐるみのおうちにしていたっけ。

今では祖母も老い、色々なことを忘れ、昔のように手が動かせなくなって、いつしか得意だった手仕事の全てをできなくなっていました。

母は手仕事を嫌い、その技を受け継がなかったため、今私がそれを習うすべはありません。それがとても残念です。

昔習った編み物のやり方、郷土料理の作り方、ちゃんと覚えてるよ。でも…もっとたくさん知りたいこと、聞きたいことがあったんだ。

もっと早くに教えてもらっていれば。もっと早く、私がそういうことに興味を持って聞いていれば。

家族と過ごす時間は永遠に感じられるけれど、ゆっくりと、またはある日突然、失われていくものなのですね。若かった頃はそれがわからなかった。

「失う」というのは、「かつてはあった」と対になっています。そして、たとえかつてあったものがなくなったとしても、そこから新たなものが「はじまる」と思う時、人は「失う」という言葉を選びません。過去を重視する姿勢が生み出す言葉とも言えます。

今日、うちでは下の娘が幼稚園に入園しました。24時間私のそばにいた日々は終わります。これを「失い」にしたくない。これから「はじまる」新しい生活を前向きに歓迎したい。そう思って挑んだ入園式でしたが、いきいきと楽しそうに幼稚園を探索する娘の姿に気持ちが後押しされたようです。

「失われた」過去を悔やむのは不毛です。過去ばかり見がちなバーサですが、家族がともに見せてくれる未来が、「はじまり」を告げているのをはっきり感じられた春の日です。

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